○ 西枇杷島町の場所をご存知ですか?
場所は名古屋市の西というのでしょうか?名古屋から国道22号線を岐阜方面に向かって走り庄内川を越えた辺りに位置します。
もし公共交通機関をご利用ならば、JR東海道本線で名古屋から一駅の『枇杷島駅』(城北線という路線もこの駅に止まります)名鉄ならば『西枇杷島駅』、『下小田井駅』、『二ツ入駅』があります。一応新幹線も通ってます。通っているだけですが…
○ 歴史
あくまで私の私的な意見が満載ですが…歴史家の方で訂正があればご一報頂けると幸いです。
〜 明治頃 〜
明治の中頃に『下小田井村』と『小場塚新田村』と合併して出来たのが西枇杷島町らしいです。当然というか、私はその頃はまだ影も形もなかったので詳しくはわからないです。
〜 江戸期 〜
さらに歴史をさかのぼり江戸時代頃までさかのぼると当時の名古屋の台所を担う大青果市場だったらしいです。
名古屋市熱田(宮の宿)から岐阜県垂井町(垂井の宿)まで結ぶ美濃路沿いに青果市場が展開されていたらしいです。名古屋と岐阜、尾張の要所である一宮や津島、岩倉といった様々な地域へ行くのに要所となり発展を続けていたようです。
そんな美濃路を歩くとなんだかノスタルジックな雰囲気が満載です。その際には是非問屋記念館なる施設へ行くのがオススメです。
〜 戦国期 〜
さらに昔へさかのぼると小田井城というお城の城下町だったようです。とは言ってもその当時は川沿いの豊かな土地を利用し農村といったものだったようです。
小田井のお城は尾張の英雄、織田信長が出た名門?迷門?織田家の分家さんが納めていたようです。
これは私の推測、いや憶測ですが
下家の織田家の居城 → 下織田居城 → 下小田井城 → 小田井城
やったね!
ではないかと…城跡はとくにないのですが、古城という地名に名残があり、その古城には石碑があります。場所的にも中小田井より下小田井の方が近い気が致します。なので地名もひょっとしたら最初に下小田井。そして中小田井、上小田井と名付いたのでは?あくまで憶測ですよ。
○ 街案内
〜 オススメ案内 〜
名古屋方面から来て頂き、国道22号線を上更で曲がらずそのまま直進して頂き、旧の22号を進んで庄内川を越えてみて下さい。(車の場合)
電車ですと名鉄なら西枇杷島駅、JRなら枇杷島駅で降りてください。どちらの駅も通過列車が多く本数が少ないはず…本数はJRの方がまだ多いですが、せっかく西枇杷島に来るのですから地名ずばりの今回は西枇杷島駅で降りましょう。そしてすぐ脇の陸橋に沿って坂を登る形で南下して下さい。(電車の場合)
まずは車だと橋を渡ると見えてくる、電車だと降りて最初の信号のところに大根を持った石像!ここで激写!
その道を左折して斜め入って行く道が美濃路です。駐車場所を探すかと思いますがなんとか見つけて下さいね。(なんていい加減!)
美濃路を進みJRの高架をくぐってすぐくらいに毘沙門様のお寺があるみたいです。私はここも激写!
そこを越えると問屋記念館があります。西枇杷島の歴史を感じてください。
美濃路の近くには二ツ入駅がありそのすぐ脇には24時間営業のスーパーがあります(2005年、現在)そこでいろいろ飲料や食材などゲット!
二ツ入駅の北側には工場がつらなってます。これも西枇杷島の特徴の一つなので暇があれば脇を通ってみてください。三菱さん系列の工場や明治チューインガムさんなどあります。(この町は風向きによってガムの甘い香りが漂います)
旧22号の西側を堪能した後にはランチはいかがでしょうか?
と、その前に次の街データの項でも書いてあるのですが日本最古の歩道橋?と言われるものを激写してはいかがでしょうか?場所は旧22号沿いで西枇杷島小学校のほど近く、某東海地方大手の銀行さんが角にある交差点(県道141号線と交差か?)の所にひっそりとたたずんでいます。磨耗して丸くなりつつある石段に錆びた鉄骨。歴史は感じますが表記は何もありません。すぐ横の変電所の前にパーキングもあるので車でも来れますし、枇杷島駅からもすぐのところにあります。駅を降りて駐輪場にそって南下して行くと、左手に名物?のかなり低い天井のトンネルがあり、そこを抜けると見えてきます。
さてはて歩道橋を渡ったらいよいよランチ。
愛知県にお住まいの方はおそらく皆さん知っていると思いますがあのCoco壱番屋さんの1号店があります店の北東側に大きく書いてあるのでここも激写!
お店で食べるのもいいですがお持ち帰りして旧西枇杷島役場、現清須市西枇杷島庁舎の横にある花咲公園で食べるのはいかがでしょうか?そこにある西枇杷島町ならではのオブジェ石枇杷の石像も激写!
お腹が満腹なった後は国道22号を越えて名鉄の線路の東脇にある小田井城の城跡公園を見て戦国時代に立っていたお城に思いを馳せるのはいかがでしょうか。
公園で写真をとった後は西にある枇杷島公園で一休み。タイミングがよければ草野球の試合がやっているかも…
そして最後の穴場は枇杷島公園近くの熱帯魚屋さん。東海三県から足を運ぶ人がいる有名店なようです。場所は古城の交差点から上小田井方面に向かい、右手に本屋が見えます。(信号2つくらいでしょうか?)その反対側に三階建てくらいのビルがありますのでそこを左折。信号はないです。そのすぐ裏にお店があります。店頭のワンちゃんが目印です。
夜はいかにも西枇杷島町らしいというか、そんな歴史を感じる旧22号沿いにあるパチンコ屋大統領さんで近所のおじさんおばちゃんとパチンコでもして遊んで帰ってみて下さい。
帰りはそのまま南下すれば名古屋に帰れます。電車も南下すると枇杷島駅が見えてきます。最後にその途中に看板だけある西枇杷島トレーニングセンターを激写!看板だけあって建物がないってなんだかノスタルジックですよね。
こんな偏見に満ちた管理人のオススメツアーはいかがですか?
○ 街のデータ
人口は2万弱くらいでしょうか?平成17年7月7日に市町村合併を致しまして、清須市が誕生致しましたので、詳しい人口はわかりません。
名物は6月の第一週に行われる尾張西枇杷島まつり(おわりにしびわじままつり)があります。尾張地方で最初の花火と雄大な山車が見ものです!王義之車、頼朝車、泰亨車、、紅塵車、頼光車の五つの山車が電線を潜り抜け街道を進んでいく姿は一見の価値有です。
西枇杷島を調べて行く中で見つけた情報でまだ確認していないのですが日本発の歩道橋が1959年6月27日に出来たらしいです。しかし歩道橋の日が4月25日にあるのですが1963年4月25日に大阪に日本発の歩道橋が出来たのを記念して作られたらしいです。さてはて真相はいかに…
○ 余談
西枇杷島町は庄内川と新川に挟まれた地域ですが、地形が果物の枇杷の形に似ていて中州のような島みたいになっているから枇杷島と着いたのではないかと思いますが…現在は実際の枇杷島は庄内川の内側、これも怪しい話ですね。
もともと大雨の際には名古屋の城下を守るためいつも庄内川の堤防を切られ水まみれの地域です。水害が常につきまとっていた西枇杷島町です。その名残か砂入という地名もあったり…
それでも栄えていたというのはやはり場所的にいい地域だったのでしょうね〜
地域ホームページ西枇杷島もご覧下さい
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